Dissapearing sharpens your heart.

 ほんとに時間がないというのはこのことだという今を過ごしている。今これを書いているこの瞬間ですらなにかに追われている。そのなにかというのはつまり来週ある程度の人数の前で、少し得のある話をする必要があり、そのアイデアを考えなければならないのだ。

 ちなみにこのブログのテーマであるおはなし作りに関して。今週はちょっと進んだ気がする。でも気がするだけで実際筆はそれほど進んでいない。つまりは構想と表現のルールのようなものを決めることができた。それにより世界観をより固定でき、執筆スピードを上げることができるのだ。たぶん。そうだといいな、と思っている。

 さて、その得のある話のアイデアがだが、いったいぜんたいどうしたらいいもんかしら、と思う。以前も実はこの「得のあるはなし」をする機会があり、その際は祖母の話をした。

 しかし、今回はなんの話をしようか正直迷っている。様々な世代と様々な文化的背景を持った人々へのはなしということで、そのようなことも考慮しなければならない。あとは、複雑でわかりにくい話は失敗する可能性が高いので怖い。個人的過ぎるはなしもできれば避けたい。なぜかこの集まりでは皆あまり個人的なはなしはしないのである。まあ、だからといってそれに自分が合わせなければならんということはない。正直個人的な話であれば、間違いようがないので楽だ。ただ事実を語ればいいのだから。

 うーん。瞑想。瞑想かも。いいかも。少し変わった瞑想について。というか日々に潜む瞑想の瞬間。浅い知識なので間違っているかもしれないが、個人的にとてもおすすめしたい話なのでこの話はいいかもしれない。

 日本だと、瞑想というと精神世界や宗教なんかとの絡みが生々しく見え隠れすることで、少し胡散臭かったり、特定の人以外では知る人ぞ知るものになっている。しかし海外、少なくとも北米では「瞑想」は、それはそれは爽やかに存在している。やはり瞑想それ自体が発生した所以と遠いからこそ、皆「インドや日本から来たクールなもの」なんてふうに思っている節がある。

 ちなみに祖母の話。けっこう我ながらしっかり作ったスピーチ文だと思うので紹介しようと思う。

Dissapearing sharpens your heart.

I’m going to tell you about my grandma’s story today.

My grandma was born in rural area of Japan. Also that’s my hometown too. She passed through the era of war. In those days, especially in rural area, almost all people are poor and worked as blue color.

After she gave birth two children, her husband was passed away.

That’s why she had to live as strong and strict.

When I realize as child, she is already super strict grandma.

Sometimes she is generous but basically super scary grandma when I’m teenager. Also, I might have been not good kid though.

Now, she is dementia. She is getting to forget and can’t remember short term memory.

Her words are getting to disappear day by day except for only things that she think it’s important in her life unconsciously.

She basically ask me only 4 questions. Where are you? What do you do for work? When are you going to come back next time? Do you have a good girlfriend? She forgot what she asked me after 5min. Many and many times, I answer for these questions.

She was scary and strict. But after disappearing many words from her, I realize there is only leaving all her love and concern for me in her heart.

We learn a lot of things from family members. What I am learning from her is I also want to keep having love in my bottom of the heart. And even if I will be not able to understand myself or as my unconscious behavior, I want to be what leaks from my heart is love for someone.

それではまた、来週。

もっとどうでもいいことをしていこうと思う

 今週のおはなし作り。いろいろといつもよりマシだった。三日も休みがあれば、そりゃあいつもより一日休みが多いわけだから、いつもよりは確実にマシになるよねとは思う。

 ただ、いつも思う。自分はもっとできたはず。
 書いてるときに「はい休憩」とか勝手な理由をつけてふらりとニュースやツイッターや動画なんかを見てしまう。そうしてなんとなくな時間があっというまに過ぎてしまう。やっぱりなるべくカフェに行くか、隣にだれかいてもらう必要があるのだと思う。来週からはなにがなんでもそうする。
 今週は主人公がこれまでどう生きてきてなぜ今ここにいるのかという部分を少し掘り下げることができた。主人公という妄想上の判断基準を明確に作っていくことで、彼らならどう考えどう行動するのかを育てていければと思う。
 
 また今週は、楽しさと目標や理想について思うことがあった。
 ぼくは今少し背伸びをして、これまで書いたことのない長いおはなしを書こうと日々もんもんとしている。実は、その作業において正直楽しいと思う瞬間は多くはない。これは生きる上では非常によくあることで、長期的な幸せを得るために短期的な幸せを我慢しなければいけないことは数多くある。そして実際このように長期的視野を持ち我慢や努力のできる人がこの社会において、成功できる可能性が高いとされている。
 ただし、この我慢や努力をすることで長期的な目標を達成しようとする際、私たちは今まさに私たちが感じる幸せや楽しさを二の次にしてしまうことになる。それは自分が練りに練って決めた目標に比べれば、単純だし馬鹿みたいだしただ楽しいだけなんて自分の成長になっていないんじゃないかと思うからだ。そしてそのようなことを続けてもなにも発展しないように思うからだ。
 ただ、忘れてはいけないのが、そこには努力というエネルギーを使わずとも動けてしまう力がある。ぼくらは、なるべく幸せだとか楽しいと思うことをしたいのだ。だから目標を決めたとしても、そのように楽しく幸せに思うことをこなしていける自分の力が、もしその目標へと近づくことに使えるのであれば、それは存分に使いこなすべきだと思う。そして、そうするためには自分はなにであれば楽しく幸せに活動ができるかを知ること、それと目標がどう関係しているかを知ることが重要だと思う。

 あと最後に。まるで違う話題にはなるが、明日からたぶん激務が始まる。怖い。個人で受けた仕事が来週からしっかり始まりそうなのと、これまでやっていたプロジェクトがなんだか終わりそうになった思ったら最後の悪あがきが始まりウダウダし始めそれも来週にずれ込んだ。たぶんうまくいけばここから四ヶ月間くらい、まるで日本で働いていたときのような日々がやってくるのかもしれないと思っている。でも、それでなにか失敗したとして、最悪起こることとしてはだれかにがっかりされるくらいなわけで、死ぬわけじゃありませんし、ぼくは基本的におはなし作りに命をかけているので、他のいろいろに関しては少なくとも他人の迷惑にならないようできる限りのことを精一杯やるのみです。

 また来週、生きてお会いできればと思います。それでは。

週末と罪悪感

 部屋の汚れは心の乱れ。それはぼくがこれまで生きてきた中で得た教訓だ。それは自分の経験から得た教訓であるように思う一方で、だれかや本から得た知識のようにも思う。正直どっちなのかはさっぱりわからない。できればだれかから言われる前に、自分でそんなの余裕で気づいてましたとも、と言いたいところだが、よくよく考えればそんなことはどちらでもよく、つまりそういった真理のようなものを今自分がとにもかくにも知っていて、生活する上ですこぶる腑に落ちいているという事実があれば、少なくとも知っていないよりはましなのだと思う。

 前振りが長くなったが、なにを言いたいのかというと、つまり、心が乱れているし部屋も乱れている。

 この週末は罪悪感に押しつぶされた結果、ほぼ布団で寝ながら暗くじめじめした生きる上でほぼ不必要なことを考えていた。まるで家なのに入院しているみたいだった。それはお話の進行状況が芳しくないことと密接な関係がある。週一で三千文字のお話を書いていたときの方がよっぽど健康的な日々だと思う。日常から離れた場所に対して思いを馳せ、その証拠として目に見えるなにかを残さないと、まるで自分はこのままただ同じ毎日の繰り返しという坂を転げ落ちてあっというまにお陀仏、と思わずにはいられない。

 それでは、また会いましょう。

生きることと文章を書くこと

 いわゆる「小説」と呼ばれるようなものを書き日々を過ごすことによって、普段は気づかない色んなものにあらためて気づきます。それはパラダイムと呼ばれる自分の中で気づかないうちに作られていた枠組みとか、具体的ななにかをあえて物語的に抽象化してみることの難しさだとか。

 そんなようなものを書くことなんて正直めんどくさいと思うときはたくさんある。でも、そんなふうに何度も思って何度もやる気がなくなってきたけど、それでもまたなにかを書き出す自分に何度も出会って、そこでぼくはやっぱりなにか伝えたいことがあるんだと思った。それは自分の知らなかった自分を知る感覚だった。

 ちなみに自分の場合、その伝えたいことの中でも一番伝えたいことってのは、なにかの概念とか方法とか物語とか世界観じゃないっていうことも、これまで色々なスタイルで書いてみた結果、最近なってやっとわかってきたような気がしている。ぼくの場合それは、人間として生きる中で人生で数回訪れるある一瞬の美しさだとか、ほんの短い間だけぼくらの心を圧倒的に支配してしまう強く大きな感情だとか、そういったどこからともなく強く激しく現れて一瞬にしてどこかへと消えてしまうものなのだと思う。それと大量の文字列の中で、だれかのなにかを救う、または人生を良い方向へと変える一行もしくは一文をこの肉体が死ぬまで作っていきたいし、ぼく自身もそういった言葉に出会いたいと思っている。

 と、戯言はさておき。ものがたりというかお話の進捗についてですが、正直あまり進んでいません。テーマはシリアスなのに会話文がなんかフザケてしまっていいのかなーとかいろいろと迷ったりしてます。どうも自分は、登場人物におもしろいこととか変なことを言う人がいないと書くのがつまらなくなってくる傾向があるので、迷いどころですがたぶんおフザケテイストは残らざるを得ないでしょう。書き出してあとで全部変更っての大変やし最初のスタイルやらルールみたいなもんはいつも迷う。まあそれで書き出せませーんてのはけっこうあります。あとラストシーンは見えています。テーマはざっくり言うと孤独です。箱書きというか話の流れは断片的にはありますがガチガチにしちゃうとたぶん自分を超えたなにかが生まれにくくなるという個人的見解から登場人物の感情と思考の方向性からどう動くかを導き出したいという所存です。けっこう考えたり想像にふける主人公なので序盤は頭の中での広がりや語りを多くしたいかもしれません。

 ちなみに自分、稼ぎまったくないけど本職はこうしてお話を書くことだと思っています。しかし嬉しくも悲しく最近はやることがたくさんあります。サイドビジネスとして会社員と、あと個人でやっている幾つかの仕事が重なったり、今年から参加しているスピーチの会が週一であったりその準備に追われてたり。英語の勉強もぜーんぜんできてないのでしたいのです。

 それではまた来週も、生きて会いましょう!

これから投稿していく内容が少し変わります。

 いつも読んでいただきありがとうございます。

 これまで定期的に投稿をして参りましたが、本ブログの役割変更のため今後、私の妄想話をこの場所でお伝えするのは止めることにします。それに付随してブログタイトルも変更してみました。

 理由としては、ある賞に応募するため、もっと大きなお話を書くことに集中するためです。

 私は、昨年の冬頃から本ブログを通じて、インターネット越しのまだ見ぬ方にはもちろんのことですが、普段会ったり連絡をする方でそれなりのタイミングがあった方々に、自分が今このようなことをしているということを伝えるようになりました。それは、自分の恥部を晒すことである一方で、真の自分として文章を通じてだれかと相対している。そのような感覚も得ることができました。そのように何人かの方々に見ていただける可能性があったからこそ、定期的に一定量の文章を書くということができたように思います。

 また、すべてに目を通した奇特な方はほぼいらっしゃらないとは思いますが、今年から定期的に投稿しておりました森についてのお話は、実は長編のアイデアをふくらませるという目的で書きためていたものでした。

 現在、そこで広がり出した世界観から長編を作っているため、すべて本ブログから消えることになります。個人的にはいろいろと試してみることができ、学ぶことがたくさんありました。もっと長い物語ができて、もしご報告する機会があれば、形を変えてお伝えできるかもしれません。

 ただ私としては、この場所で定期的にご報告させていただくということが、自分の文章において未だ重要なモチベーションとしてあることは疑いようがありません。ですので、これからは長編の進捗を報告すること、その中で得たこと学んだことを主な目的とし、ブログを更新していこうと思います。

 また、今後どうなるかはわかりませんが、非常にくだらない出来事や思想が沸き起こった場合は、Twitterにて報告しようかと思います。

 それではまた。