きょうのできごと

ともだちになってください

雨とラーメン

 この日、彼女の誕生日が近いということで、友人夫妻とラーメンを食べに行くことになっていた。友人のトラックに乗り込んだ私たちが向かったのは、私たちが住んでいる地域で最も栄えた繁華街にあるラーメン屋だった。

 ラーメン屋に到着するまでの間、私はいつものように会話に入れない自分に自問自答していた。単純に言えば勉強不足。複雑に言えば、会話の中で会話の内容以外の面白さ、例えば新しい冗談や違和感を見つけられないのであれば、私にとってその会話に価値はあまりなく、したがってあまり興味も沸かない。そのため、わからない内容に対してあえて会話を遮って質問をしようという気も起きない。私の言語能力の足りなさと言えばそれまでだが、まともなことをただひたすらに受け答えする自分に嫌悪を抱くのは、それがまるで別のだれかのような気がしているとともに、過去の私のほとんどを占めていたものがどこかに消え去ったしまったようでもどかしいのだと思う。

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 目当てのラーメン屋に到着するも、入り口は人だかりですぐには入れそうになかった。「予約した方がいいの」そう問いかける数日前の彼女の言葉が、頭の中に蘇った。「予約した方がよかったのかもしれない」私はそう心の中でつぶやきながら車を降りた。「待ち時間は一時間ほどになります」と店員に言われ、私たちは近くを散策することにした。

 散策から戻り、店の外で待っている最中、道路を挟んだ向こう側に痰をひらすらに吐き続ける親父がいた。親父はあろうことか、この寒い真冬に半袖という出で立ちだった。親父はガーッという音とともに体内から激しく息を吐き出し、自らの体内にある異物である痰を、喉と鼻の奥からかき集める。彼の舌は口内に集められたそれら異物の集約されたものを瞬時にまとめ、唾液とともに地面へと放つ。彼はこれを一定のテンポで二十回繰り返した。

 私はワクワクしていた。かつて私はごはんの次に変態観察や違和感を持つなにかを見つけることが好きだった。だが、現在私がいる場所は、そのように普通から離れてしまったなにかを見つけることが難しい。それは、私が未だ標準を見つけられていないことに起因する。変態や違和感を感じるためには、何が標準であるかをはっきりと見つける必要があるのだ。

 親父は痰を特定の場所に吐き続けた後、その痰が積み重ねられているだろう場所の後ろにある小さなレストランに入って行った。店内に入った親父を遠目で追い続けると、彼は店員らしき人に指示をしているようだった。どのような立場かはわからないが、少なくとも親父はその店の従業員だったのだ。そして、おそらく従業員である親父は休憩のたびに、ああして決められた場所に痰を吐き続けているということだろう。

 小雨が降り出していた。雨が地表にはびこるすべてを洗い流すと思えば、身体が少しばかり濡れることには不思議と嫌悪感を抱かなかった。